日本の定年年齢変更における政策転換: 日本で長年続いてきた「60歳定年」の慣行が、大きな転換点を迎えている。2025年4月に高年齢者雇用安定法の改正が完全施行され、すべての企業が希望する従業員を65歳まで雇用する義務を負うことになった。さらに2026年4月からは、働きながら年金を受け取る人を対象とした在職老齢年金制度の基準額も大幅に見直される。この変化は、定年後の働き方や老後の家計設計に直接影響を与える。インドでも定年延長の議論が活発だが、日本の事例は少子高齢化に悩む国々にとって重要な参考になる。何が変わり、誰が影響を受けるのか、順を追って見ていこう。
65歳雇用確保が完全義務化
2025年4月1日をもって、高年齢者雇用安定法に基づく経過措置が終了した。これにより、定年を65歳未満に設けているすべての企業は、①定年を65歳へ引き上げる、②65歳までの継続雇用制度を希望者全員に導入する、③定年制そのものを廃止する、という三つの選択肢のいずれかを実施する義務が生じた。企業はどれを選んでもよいが、「希望する従業員が65歳まで働ける環境」を整えなければならない点は共通している。
継続雇用と定年延長の違い
継続雇用制度では、60歳で一度退職し、新たな労働条件で再雇用される形をとる。この場合、給与や業務内容が変わる可能性がある。一方、定年そのものを65歳へ引き上げた企業では、正社員としての雇用形態が継続される。厚生労働省の令和5年調査によると、継続雇用制度を選んだ企業が約69パーセントと最も多く、定年を65歳に延長した企業は約27パーセントにとどまっている。どちらの方法でも、従業員が「雇用を希望しない場合」には企業の義務は発生しないため、強制ではない点に注意が必要だ。
在職老齢年金の基準が大幅緩和
65歳以降も働きながら厚生年金を受け取る人を対象とする在職老齢年金制度は、2026年4月から大きく見直される。これまで、賃金と老齢厚生年金の合計が月51万円を超えると年金の一部が支給停止されていた。この基準額が月65万円へ引き上げられることで、より多くの人が働きながら年金を満額に近い形で受け取れるようになる見通しだ。収入が一定以上になると年金が減る「働き損」の構造が緩和される。
具体的な金額でわかる変化
たとえば、月の給与が40万円で老齢厚生年金が月15万円のケースを考えると、合計は55万円になる。2025年度までは旧基準の51万円を超える部分の半額、つまり約2万円が年金から差し引かれていた。2026年4月以降は新基準の65万円を下回るため、年金は全額支給される。年間に換算すると、受け取れる年金額が最大で数十万円増える場合もある。ただし、基準額は毎年度の賃金変動に合わせて改定される仕組みになっているため、実際の金額は年度ごとに変わる可能性がある。
少子高齢化と財政が政策を動かす
この政策転換の根底には、少子高齢化による深刻な労働力不足と年金財政への圧力がある。2025年時点で日本の65歳以上の人口は全体の約30パーセントを占める。若手・中堅層(25歳から44歳)の労働力は10年前と比較してほとんど増えていないのに対し、シニア層の就業者数は増加傾向を続けている。政府は高齢者が意欲を持って働き続けられる社会を目指しており、雇用制度と年金制度を一体的に見直すことで対応している。
70歳雇用も次の課題として浮上
2021年の法改正で、企業には70歳までの就業機会を確保する「努力義務」がすでに課されている。これは65歳までのような「義務」ではなく、強制力を持たないが、専門家の間では将来的に義務化される可能性があるとの見方が出ている。内閣府の調査では、60代の約5割が「66歳以上でも働きたい、または働いている」と回答しており、制度と実態の方向性は一致しつつある。今後、70歳雇用の義務化が議論の俎上に上がることも十分に考えられる。
高年齢雇用継続給付は縮小へ
60歳以降に賃金が大幅に下がった場合に支給される高年齢雇用継続給付も、2025年4月から変更された。これまで賃金の最大15パーセントが補填として支給されていたが、2025年4月以降に60歳になる人から順次、支給率が最大10パーセントへ引き下げられた。この給付は、年金の支給開始年齢が引き上げられた際に収入の空白を埋める目的で導入された制度だ。65歳までの雇用確保が進んだことを背景に、将来的には廃止の方向で検討が進んでいる。
賃金設計の見直しが企業に求められる
給付率の縮小は、60歳以降の従業員の手取り収入に影響を与える可能性がある。特に、定年後の賃金が定年前の75パーセントを下回るケースで影響が出やすい。企業側には、再雇用後の賃金制度を見直し、従業員のモチベーション低下を防ぐ対応が求められている。短時間勤務や変形労働時間制の導入、スキルアップ支援なども有効な手段とされており、制度改正を機に働き方全体を再設計する企業も増えている。
免責事項:本記事は公開情報をもとに作成した一般的な解説であり、個別の法的・財務的アドバイスを提供するものではありません。年金や雇用条件の詳細は個人の状況によって異なる場合があります。最新の正確な情報については、最寄りの年金事務所または厚生労働省の公式資料をご確認ください。


